1年半前から、グレイヘアで暮らしている。
10年以上白髪染めを続けていたが、50歳を前にして、ふと「もういいかな」と思ったのだ。
グレイヘア――。白髪を染めず、ありのままの髪色を楽しむことを、いつの頃からかそう呼ぶようになった。ロマンス・グレーという言葉も昔はあったらしいが、いま51歳の僕は、その言葉が似合うにはまだ少し早いかもしれない。
実際、グレイヘアに移行するのは、思った以上に勇気のいることだった。僕のまわりの同世代でも、白髪を染めずに過ごしている人はほとんどいない。しかも僕は、顔立ちがやや若く見られがちで、髪の毛の量も多い。白髪とのギャップがある分、どうしても目立ってしまう。
そんなある日、仕事で初めてお会いする方に、開口一番こう言われた。
「あれ? 若いですね。もっと、おっちゃんかと思ってました」
そして続けて、「いや、でもよかった。ちょっと安心しました」と。
ん? どういうことだ?
実はその方とは事前にオンラインで一度だけ打ち合わせをしていて、そのときの画面を通した僕の映りが、ずいぶん老けて見えたらしい。デスクライトの下で光った白髪が、実年齢よりもだいぶ上に見せてしまっていたようだ。
「安心した」という本音には、できれば自分より若い感性の人に仕事を任せたい、という気持ちが滲んでいたのかもしれない。実際にはほぼ同じ年齢だったのだけど、その“見え方”が相手に与える印象は思いのほか大きい。
僕は昔から、実年齢より若く見られることが多かった。童顔というわけではないけれど、顔のパーツが中心に寄っていたり、細身の体つきだったりして、全体的な雰囲気が「若い印象」につながっていたのだと思う。それが、グレイヘアになったことで一転した。
「若く見られていいじゃん」と言う人もいるかもしれない。でも仕事の場では、それが必ずしもプラスに働くとは限らない。年齢相応の見え方をしていた方が、安心感を与えられる場面もある。ただ、グレイヘアを選んだ一番の理由は、染めることから解放されたかったという気持ちだった。
白髪染めをしていると、1カ月もすれば生え際の白髪が気になり始める。染めたばかりのきれいな状態は2週間ほどしか持たず、すぐに「染め時」がやってきてしまう。だんだんと鏡を見るのが嫌になり、外出すれば人の視線が妙に気になる。
髪が伸びたときに白髪が目立たないようにするため、髪型も制限される。ついには、美容院に行く手間もコストも、じわじわと心にのしかかってくるのだ。
グレイヘアにしたことで、そうしたものから全部、自由になった。
もちろん、いまのヘアスタイルは目立つ。たまに「おしゃれですね」と言われることもあるけれど、たぶん「よくやるよね」と思っている人もいるだろう。でも、自分自身が気にならなくなったことで、精神的にもずいぶん楽になった。肩の力が抜け、自分の「見た目年齢」を自然に受け入れられるようになった。
グレイヘアは、僕にとって「歳をとること」に折り合いをつける、ちょっとした儀式のようなものだったのかもしれない。